top of page

魅力ある
清水を創る会
Making Shimizu a More Attractive City


ぶらっと清水【第25回】伏見さんと清水寺(2) 結婚が残る天井...本堂の回廊から見えるお庭で一休み / A Walk with Mr. Fushimi at Seikenji Temple (2): The Blood-Stained Ceiling and a Relaxing Break in the Garden Seen from the Main Hall Corridor
<今日のお散歩まとめ> 清見寺の本堂には、琉球使節との関係を示す「永世孝享(えいせこうきょう)」の扁額が掲げられています。 琉球使節に同行していた具志頭王子が駿府城下で亡くなり、徳川家康公の命によって清見寺に葬られたと伝えられています。 琉球使節は江戸からの帰途に清見寺へ立ち寄り、具志頭王子を供養していました。 「永世孝享」には、王子の供養を末永く続けることや、寺と地域の人々に墓守を託す思いが込められているとされています。 本堂の大玄関は、元和二年(一六一六年)に徳川家康公の三女・振姫が寄進したと伝えられる唐破風造りの格式高い玄関です。 大玄関は、大名や皇族、使節など、身分の高い客を迎えるために使われていました。 大玄関の天井には、鎌倉時代初期の戦いで血が付いたと伝えられる板が使われ、「清見寺の血天井」と呼ばれています。 この血天井は、一二〇〇年にこの地で滅んだとされる梶原景時と、戦いで亡くなった人々の供養に関わるものと伝えられています。 回廊には、歴代の住職が残した記録や経典を収めた箱が数多く保管されています。 清見寺は東海道の要所にある格式の


国宝・久能山東照宮社殿 / The National Treasure Shrine Buildings of Kunozan Toshogu
本ページは清水区の森田いそべ会計様のご許可をいただき、清水にまつわる下記のお話を編集してご紹介しております。 清水歴史散策(I)http://www.isobekaikei.jp/pages/219/ 第十二話 久能山東照宮 7.国宝・久能山東照宮社殿 http://www.isobekaikei.jp/pages/322/ 国宝・久能山東照宮社殿 太鼓の音が響く中、門の内側へ進むと、久能山東照宮の中心となる社殿に入ります。奥にある本殿は、神様がお住まいになる場所とされ、中央に徳川家康公、右に豊臣秀吉公、左に織田信長公が祀られています。 社殿には黒、金、茶などの色が用いられ、五色を基本にした極彩色の装飾が施されています。建物を手がけたのは、中井大和守正清です。法隆寺の修理や、京都の二条城二の丸御殿、仁和寺金堂などにも関わった大工として知られています。 この建物では、自然の光の取り入れ方にも工夫があります。廊下の漆が鏡のように光を反射し、その光が室内に入るように考えられているといいます。電気のない時代に、光をどう生かすかまで計算された建築です。..


日枝神社と国宝の社殿 / Hie Shrine and the National Treasure Shrine Buildings
本ページは清水区の森田いそべ会計様のご許可をいただき、清水にまつわる下記のお話を編集してご紹介しております。 清水歴史散策(I)http://www.isobekaikei.jp/pages/219/ 第十二話 久能山東照宮 6.日枝神社と国宝の社殿 http://www.isobekaikei.jp/pages/321/ 日枝神社と国宝の社殿 石段をさらに上ると、国宝に指定された久能山東照宮の社殿が近づいてきます。 途中にある日枝神社は、江戸時代には本地堂と呼ばれていました。そこには、徳川家康公の本地仏とされた薬師如来が祀られていたといいます。現在は、大山咋神が久能山全体を守る神として祀られています。 その先に見えてくるのが、国宝の御社殿です。門は朱塗りで、彫刻も施されています。袖壁の下には、植物や動物、花と鳥などを表した彫刻がおよそ百六枚並んでいます。 そのうち多くは、花が咲く場所に鳥が飛ぶ構図で、穏やかで豊かな世界を表していると考えられています。戦いの時代が終わり、これから平和な世の中を築こうとした家康公の思いが、こうした意匠にも込められて


神庫(しんこ)と家康の時計 / The Shinko Storehouse and Ieyasu’s Clock
本ページは清水区の森田いそべ会計様のご許可をいただき、清水にまつわる下記のお話を編集してご紹介しております。 清水歴史散策(I)http://www.isobekaikei.jp/pages/219/ 第十二話 久能山東照宮 5.神庫(しんこ)と家康の時計 http://www.isobekaikei.jp/pages/320/ 神庫(しんこ)と家康の時計 久能山東照宮には、徳川家康公の海外交流を伝える貴重な品も残されています。 境内の黒い壁の建物は「神庫」と呼ばれ、家康公の宝物を納めていた蔵です。ここに長く保管されていたものの一つが、スペイン国王フェリペ三世から贈られた時計です。 この時計は、慶長十六年に家康公の手元に届きました。家康公が亡くなった後、二代将軍によって大切な遺品として久能山に奉納され、その後およそ二百五十年にわたり神庫の中で保管されていました。 通常、古い時計は修理のたびに部品が交換されるため、当初の部品が残りにくいといわれます。しかし、この時計は長く使われずに保管されていたため、部品の多くが当時のまま残っているとされ、世界的に


神饌所(しんせんしょ)と実割梅 / The Shinsenjo and the Miwari Plum
本ページは清水区の森田いそべ会計様のご許可をいただき、清水にまつわる下記のお話を編集してご紹介しております。 清水歴史散策(I)http://www.isobekaikei.jp/pages/219/ 第十二話 久能山東照宮 4.神饌所(しんせんしょ)と実割梅 http://www.isobekaikei.jp/pages/319/ 神饌所(しんせんしょ)と実割梅 境内には、明治を生きた人々の名を伝える場所も残されています。 神饌所は、神様へのお供えを整える場所で、いわば神様の台所にあたります。祭りの際には、ここで供え物を用意し、回廊を通って本殿へ運びます。この神饌所も、国の重要文化財に指定されています。 その前には紅梅と白梅があり、本殿に近い白梅は、徳川家康公がお手植えになった梅の木と伝えられています。もとは駿府城にあったものを、明治時代に久能山東照宮の宮司が移し植えたいと願い、徳川慶喜公の許可を得てこの地へ移したといいます。 梅の前には、その由来を記した石碑が建てられています。表題の「実割梅の木」を書いたのは山岡鉄舟で、由緒の文章を書いたのは


五重の塔の跡 / The Site of the Five-Story Pagoda
本ページは清水区の森田いそべ会計様のご許可をいただき、清水にまつわる下記のお話を編集してご紹介しております。 清水歴史散策(I)http://www.isobekaikei.jp/pages/219/ 第十二話 久能山東照宮 3.五重の塔の跡 http://www.isobekaikei.jp/pages/318/ 五重の塔の跡 久能山東照宮は、神仏習合の時代に創建された、徳川家康公を祀る最初の東照宮です。当時は、家康公を神として祀る一方で、その大元には仏があるという考え方がありました。御本殿の右側には、本地仏である薬師如来を祀る薬師堂があったとされています。 明治時代になると、神仏分離の方針により、境内から仏教的な要素は取り除かれていきました。薬師堂もその流れの中で姿を消し、現在の境内には、神と仏がともに祀られていた時代の名残が建物や場所の記憶として残されています。 御本殿へ向かう途中、左側には石の舞台のような場所があります。ここにはかつて、三代将軍・徳川家光公が建てたと伝えられる五重塔がありました。この五重塔も仏教的な建物とされ、明治五年か六


神厩(しんきゅう)と鼓楼(ころう) / The Sacred Stable and the Drum Tower
本ページは清水区の森田いそべ会計様のご許可をいただき、清水にまつわる下記のお話を編集してご紹介しております。 清水歴史散策(I)http://www.isobekaikei.jp/pages/219/ 第十二話 久能山東照宮 2.神厩(しんきゅう)と鼓楼(ころう) http://www.isobekaikei.jp/pages/317/ 神厩(しんきゅう)と鼓楼(ころう) 楼門をくぐると、久能山東照宮の境内にはさまざまな建物が見えてきます。右手には厳島神社や稲荷神社が祀られています。左手の藪の向こうには、久能山を開いた久能忠仁を祀る久能寺があったとされています。 境内には、神厩と呼ばれる馬屋もあります。ここは、徳川家康公の愛馬を飼っていた場所と伝えられています。その馬が亡くなった後、左甚五郎が愛馬に似せた白馬を作り、現在もその白馬が神厩の中に納められています。 さらに石段を上り、大きな鳥居をくぐると、右側に鼓楼塔があります。これは、もとは鐘を納めた鐘楼でした。しかし明治時代、神仏分離の方針により、鐘は仏教的なものとされ、大谷の大正寺院へ移されたと


久能山東照宮を訪ねて / Visiting Kunōzan Tōshōgū
本ページは清水区の森田いそべ会計様のご許可をいただき、清水にまつわる下記のお話を編集してご紹介しております。 清水歴史散策(I)http://www.isobekaikei.jp/pages/219/ 第十二話 久能山東照宮 1.久能山東照宮を訪ねて http://www.isobekaikei.jp/pages/316/ 久能山東照宮を訪ねて 久能山東照宮は、徳川家康公の墓所として知られ、国宝としても注目される場所です。今回は、春の花が咲き始めた境内を、社務所から家康公の墓前へ向かって歩きます。 まず目に入るのが、立派な楼門です。久能山には山の中腹に一の門があり、この楼門は二つ目の門にあたります。屋根は銅瓦に黒漆が塗られ、その下には朱漆、金箔、金具などが施されています。重厚で格式を感じさせる門です。 楼門へ向かう石段は、一段一段が大きく造られています。これは、かつてこの場所に久能城があった名残とされます。攻めにくくするため、高い石段になっていると説明されています。 大きな石段を上り、楼門をくぐると、境内にはさまざまな建物が並びます。久能山東照宮
毎週木曜 10:00~10:15 放送中
ラジオと同じ放送内容をインターネットを介して同時に配信している「サイマルラジオ」で、電波が入らない地域でもネットで視聴できます。
世界中の数千万もの音楽やポッドキャスト(音声のみの番組)、ビデオを楽しめるデジタル配信サービスに「ぶらっと清水」の専用チャンネルがあり、聴き逃した場合でも、いつでも番組を聴くことができます。

魅力ある清水を創る会は、広く清水地区の地域経済の活性化とまちづくりに資するための活動を通じて、魅力ある清水を創ることを目的として、港を活かしたまちの顔づくりに資する諸活動、地域観光の魅力づくりを図るため に必要な諸活動、清水地域活性化の推進に資する事業等について、行政及び関係機関に対する意見の具申活動をしています。

bottom of page



