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魅 力ある
清水を創る会
Making Shimizu a More Attractive City


ぶらっと清水【第27回】伏見さんと清水寺4/3匹の動物の石と明治天皇が滞在した書院で逆さ葵探し/Exploring Seikenji with Mr. Fushimi, Part 4: Three Animal-Shaped Stones and the Search for the Upside-Down Hollyhock in Emperor Meiji’s Reception Hall
<今日のお散歩まとめ> 清水区興津にある清見寺は、1300年を超える歴史を持ち、朝鮮通信使や皇室との交流、古代の関所「清見関」の記憶を伝える禅寺です。 本堂の裏手には自然の傾斜を生かした庭園があり、山の中腹にある「九曲泉の滝」から流れる水の音を聞くことができます。 九曲泉の滝は、木々の葉が落ちた冬の雨上がりなどに姿を現し、朝鮮通信使の記録にも、水量の豊かな立派な滝として残されています。 庭園には、明治天皇の内親王である常宮さまがお手植えになった紅梅があり、早春には鮮やかなピンク色の花を咲かせます。 庭園に面した書院は、江戸時代末期の慶応3年(1867年)に完成し、身分の高い方を迎える「玉座」が設けられています。 明治天皇は、明治2年(1869年)の東京への移動と、明治11年(1878年)の東海・北陸地方巡幸の際に清見寺を訪れています。 玉座には、若竹の成長を描いた狩野派の屏風絵や、中央に向かって高くなる「折上格天井」があり、格式の高い空間となっています。 書院の釘隠しや障子の桟には三つ葉葵の御紋が使われ、その中には「未完成の美」を表すとされる、上
23 分前


ぶらっと清水【第26回】伏見さんと清見寺(3) 橋になった芭蕉句碑 150年前の貴重な落書き 家康公 / A Walk with Mr. Fushimi at Seikenji Temple (3): The Bashō Monument That Became a Bridge,150-Year-Old Graffiti, and the Palanquin Never Returned
<今日のお散歩まとめ> 興津の清見寺には、橋になった芭蕉句碑、動物を表す庭石、150年以上前の落書き、徳川家康公ゆかりの乗輿などが残されています。 芭蕉句碑には「西東(にしひがし) 憐れさ同じ 秋の風」と刻まれていますが、文字の面を下にして、庭の石橋として使われています。 句碑は元禄の初めごろに興津宿へ建てられましたが、不況の原因とされて海へ捨てられそうになり、清見寺の住職が引き取ったと伝えられています。 清見寺の建物内には、句碑を持ち上げて泥を落とした際に撮影された、文字の刻まれた面の写真があります。 庭師の山本道斉が造ったとされる庭は、5種類の木と3つの動物を表す石が置かれた「五木三石のお庭」と呼ばれています。 五木は松・柏・梅・柿・蜜柑で、現在は柏が1本残っています。三石は、牛を表す臥牛石、虎を表す睡虎石、亀を表す遊亀石です。 家康公は松平竹千代と呼ばれていた幼少期、清見寺でも教育を受けたとされますが、「家康手習いの間」は後世に顕彰のため造られた部屋です。 壁から天井まで書かれた観音経は、幕末の修行僧による落書きと伝えられ、150年以上を経
7月28日


ぶらっと清水【第25回】伏見さんと清見寺(2) 結婚が残る天井...本堂の回廊から見えるお庭で一休み / A Walk with Mr. Fushimi at Seikenji Temple (2): The Blood-Stained Ceiling and a Relaxing Break in the Garden Seen from the Main Hall Corridor
<今日のお散歩まとめ> 清見寺の本堂には、琉球使節との関係を示す「永世孝享(えいせこうきょう)」の扁額が掲げられています。 琉球使節に同行していた具志頭王子が駿府城下で亡くなり、徳川家康公の命によって清見寺に葬られたと伝えられています。 琉球使節は江戸からの帰途に清見寺へ立ち寄り、具志頭王子を供養していました。 「永世孝享」には、王子の供養を末永く続けることや、寺と地域の人々に墓守を託す思いが込められているとされています。 本堂の大玄関は、元和二年(一六一六年)に徳川家康公の三女・振姫が寄進したと伝えられる唐破風造りの格式高い玄関です。 大玄関は、大名や皇族、使節など、身分の高い客を迎えるために使われていました。 大玄関の天井には、鎌倉時代初期の戦いで血が付いたと伝えられる板が使われ、「清見寺の血天井」と呼ばれています。 この血天井は、一二〇〇年にこの地で滅んだとされる梶原景時と、戦いで亡くなった人々の供養に関わるものと伝えられています。 回廊には、歴代の住職が残した記録や経典を収めた箱が数多く保管されています。 清見寺は東海道の要所にある格式の
7月15日


国宝・久能山東照宮社殿 / The National Treasure Shrine Buildings of Kunozan Toshogu
本ページは清水区の森田いそべ会計様のご許可をいただき、清水にまつわる下記のお話を編集してご紹介しております。 清水歴史散策(I)http://www.isobekaikei.jp/pages/219/ 第十二話 久能山東照宮 7.国宝・久能山東照宮社殿 http://www.isobekaikei.jp/pages/322/ 国宝・久能山東照宮社殿 太鼓の音が響く中、門の内側へ進むと、久能山東照宮の中心となる社殿に入ります。奥にある本殿は、神様がお住まいになる場所とされ、中央に徳川家康公、右に豊臣秀吉公、左に織田信長公が祀られています。 社殿には黒、金、茶などの色が用いられ、五色を基本にした極彩色の装飾が施されています。建物を手がけたのは、中井大和守正清です。法隆寺の修理や、京都の二条城二の丸御殿、仁和寺金堂などにも関わった大工として知られています。 この建物では、自然の光の取り入れ方にも工夫があります。廊下の漆が鏡のように光を反射し、その光が室内に入るように考えられているといいます。電気のない時代に、光をどう生かすかまで計算された建築です。..
5月19日
毎週木曜 10:00~10:15 放送中
ラジオと同じ放送内容をインターネットを介して同時に配信している「サイマルラジオ」で、電波が入らない地域でもネットで視聴できます。
世界中の数千万もの音楽やポッドキャスト(音声のみの番組)、ビデオを楽しめるデジタル配信サービスに「ぶらっと清水」の専用チャンネルがあり、聴き逃した場合でも、いつでも番組を聴くことができます。

魅力ある清水を創る会は、広く清水地区の地域経済の活性化とまちづくりに資するための活動を通じて、魅力ある清水を創ることを目的として、港を活かしたまちの顔づくりに資する諸活動、地域観光の魅力づくりを図るために必要な諸活動、清水地域活性化の推進に資する事業等について、行政及び関係機関に対する意見の具申活動をしています。

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